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経営者への7つの問いかけと12の推奨行動(その2) | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■経営者への7つの問いかけと12の推奨行動

行動指針4:既存事業の推進と同時に、不確実な未来の中から、事業機会を探索・特定し、短期的には経済合理性が見えなくても、挑戦すべき新規事業に本気で取り組む

自社のコア事業から離れた領域の新規事業は、短期的な経済合理性がないので社内でも潰され易く、投資家にも理解されがたい。しかしながら、一見して経済合理性がない分野でも、経営トップの大胆な意思決定と、途中であきらめず、継続的に投資を行うことが、イノベーションへとつながる。経済合理性のある分野(既存事業)の安定的な事業拡大を行いつつ、そこでの成果を、大胆に、経済合理性の見えにくい分野(新規事業)に投入していくことが重要。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・既存事業と同様の時間軸で新規事業の収益性を評価してしまう。経営トップは方針を示しても、経営企画・財務・法務部門が不確実な領域での事業は失敗するリスクが高いと捉え、結果的に、芽が摘まれてしまう。
・自社の稼ぎ頭の中核部門から、「いつまで無駄な投資をしているんだ」という話が強くなり、短期的な経済合理性が見えにくい価値創造活動の縮小圧力に対して、経営陣が踏ん張れない。
・新規事業は失敗の確率が高いことを理解せず、自社の唯一の新規事業が「社長肝いり案件」のみとなっている。

<課題克服のための具体アクション>
・新規事業を一本足打法とせず、成功のためには“如何に多く打席に立ってスイングしたか”が重要との考え方を社内に徹底する。
・短期的には経済合理性が見えない分野であっても、一度、中長期の視点に立って、取り組むべき課題なのかどうか、それが社会を変えるのか、ビジネスによる持続可能性がどの程度で見込まれるか、など、将来の事業機会になりうる分野を探索・特定させ、中長期の事業戦略へ組み込む。

【ANAホールディングス株式会社】
自社の密書運を問い直したうえで、その達成のための新たな事業領域を特定・本気のコミット

・「そもそもANAは何をしてきたのか」議論を行い、結論は「距離と時間と文化を超えて、人をつなげる、距離を短くする」ことだった。長距離移動する場合に飛行機は最も効率的でほぼ唯一の手段だが、世界人口70億人のうち6%にしか提供できていない。長距離移動を6%以外に広げるためには、新しい技術を取り入れないとならないと考えた。破壊的イノベーションを起こすことを目的に、2016年、デジタル・デザイン・ラボ(DD-Lab)を設置。副社長直轄の独立した組織で、予算は既存事業部とは別枠。事業化になった場合は、立上者が引き続き事業を担当。2017年度で10個、2018年度は20個を超えるアイデアを検証し、半数以上が事業化準備中。
・遠距離にいる人たちをつなげる新たな手段として、生身の身体とは別の自分、分身ロボット(アバター)が世界を自由に活動するという技術開発に本気で乗り出し、XPRIZE財団2と共に、2018年に「ANA AVATAR XPRIZE」という賞金レースをスタートさせた。(優勝賞金1,000万米ドル/世界58か国430チームが参加)この「ANA AVATAR XPRIZE」を主体として高度なAVATAR技術の開発に取り組みつつ、既存の要素技術やアイデアを取り入れ、さまざまなユースケースでのサービス化ならびにANAグループ内のオペレーションにおける活用を図る。
・IT・デジタルの活用によるイノベーションを通じ、持続的な顧客体験価値の向上を目指す。運航情報等既存ビッグデータの分析・仮説検証や、IT・デジタルイノベーションの視点を持つ人財の積極活用等に取り組んでいる。IT部門自らが、既存事業やシステムの将来像を考えながらサービスをデザインし、PoCを進めている。将来事業をつくるDD-Lab等とも密に連携。デジタル時代を先導する企業として、攻めのIT経営銘柄2019の選定29社の中から「DXグランプリ」を受賞。

【富士フイルム株式会社】
事業を通じた社会課題の解決という目標と経営戦略の共有

・「事業を通じて社会課題の解決に貢献する」ために、化粧品、医薬品や再生医療といったヘルスケア事業に参入、トータルヘルスケアカンパニーを目指すなど、実現したいことを明確にしている。
・これまでに培ってきた幅広い分野の技術を徹底的に棚卸し、技術や事業の連続性を生かした隣地に新規事業ターゲットを広げ、時間をかけて事業構造の転換を図っていった。写真と化粧品では一見全く違う分野に見えるが、技術には連続性があるように、土地勘のある事業分野と既存事業とのシナジーを生み出していくことで、期待値がリスクを上回るような納得できるシナリオを策定、最終的にはトップの決断により参入。
・自社のコア技術から新たな価値を導き出す分野として、デジタルイメージングやヘルスケア、高機能材料などへと多角的に発展させている。重点領域であるヘルスケア事業や高機能材料事業で画期的な新商品・サービスや新規事業を創出するために、それまでの自前主義から、幅広い他分野の知見と融合するコラボレーティブなオープンイノベーションを推進している。
・幅広い領域の技術者を一堂に結集することにより、知識や技術・手法のダイナミックな融合を図る「先進研究所」を開所、また自社の基盤・コア技術やそれを応用した製品に直接触れながら、アイデアについて自由に議論することが可能なOpen Innovation Hubを開設。顧客のみならず社内でもニーズや技術を共有する場、仕組みの実践により、全社的に新規ビジネス加速の意識改革が浸透している。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【6】計画
ISO56002では、組織の個別の状況に応じて機会やリスク分野を特定して、不確実性を前提としながらイノベーション活動を推進していく計画を立て、イノベーションの取り組みのポートフォリオをマネジメントしながら、確実に実行していくことの重要性が強調されている。

~どのように、取り組むのか。~
行動指針5:資金・人材等のリソース投入プロセスを、既存事業と切り分け、スピード感のある試行錯誤を実現する

【意思決定プロセス・支援体制】
効率性と実行を重視する既存事業に対し、価値創造は創造性と探求を重視する活動が必要になるため、既存事業とは別に、価値創造のためのリソース投入プロセスを設け、各案件でスピード感ある試行錯誤を行うための支援体制の整備が重要。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・既存事業と同じ基準で案件評価が行われ、不確実性の高い案件は排除される。経営者の知見がない分野の案件は評価されない。評価に時間がかかる。
・価値創造プロセスに案件が集まらない。プロセス内での案件の中止はマイナス評価、再チャレンジ不可。プロセス内で案件が滞留。
・案件推進にあたり、必要な資金と人材が集まらず活動が停滞する。知財活用の観点で本社からストップがかかり活動が中止する。

<課題克服のための具体アクション>
・既存事業とは別に、価値創造のための意思決定プロセスを整備し、経営者の既存知見に基づく判断が難しい案件でもスピード感のある意思決定ができる体制を整備する。
・ステージゲートプロセスを用いて段階的に案件を評価・管理するプロセスを設計し、多くの案件を拾い上げ、プロセス内での案件の試行錯誤を促進する仕組みを整備する。
・プロセス内の案件がスピード感のある試行錯誤をできるよう、研究開発をはじめとした価値創造活動のための資金と人材、知財といったリソース投入を可能にする支援体制を整備する。

<企業の挑戦事例>
【KDDI株式会社】
組織を3層構造にすることで、スピード感のある意思決定を行うとともに、スタートアップとの事業共創活動を持続的に展開

・組織の全てがイノベーティブになるのではなく、出島的に壁を立てて、イノベーティブな環境を構築。組織構造は0→1を作る組織(数十名規模)、1→10を作る組織、(1,000名規模)10→100を運用する組織(20,000名規模)の3層構造組織。0→1でうまくいった事業は、人もあわせて1→10に移管。(人が不足すれば公募で補充。)それぞれの組織は独立しており、KPIも異なる。
・端末からOS、サービスに至るすべてを携帯キャリアがコントロールできたフィーチャーフォンから、スマートフォンへの移行に対する経営の危機感が高まる中、KDDIは2011年にスタートアップを対象にしたアクセラレーションプログラム「KDDI∞Labo」を、翌年にコーポレートベンチャーファンド「KDDI Open Innovation Fund」を開設。2014年から既存企業と「パートナー連合」をつくり、各社の持つ多様なアセットやノウハウを結集し、スタートアップとの事業共創を目指す活動へ発展。現在、30社を超えるパートナー企業と共に活動を推進している。
・これまでスタートアップ企業約20社とM&Aを行い、買収後は、スタートアップのスピード感や風土を保ちながらKDDIのリソースにフルアクセスできる「ハイブリッドスタートアップ」という新たな企業形態やデジタルマーケティングはSupership、IoTはソラコム等、グループ会社自らがスタートアップを目利きし、出資・事業共創まで行うような独自のエコシステムを構築している。(イノベーティブ大企業ランキングでは、2018年に引き続き2019年も第1位)

【株式会社みずほフィナンシャルグループ】
CDIO管轄の下、新規ビジネス創出機能を社外に新規設立し、意思決定を加速化

・社内の事業カンパニーと社外のフィンテック企業等の連携促進のため、2017年、社長直下のCDIO(Chief Digital Innovation Officer)管轄下にデジタルイノベーションを設立。単にPoCをまわして終わりでなく、事業化までのポテンシャルがある案件が実績。目に見える形で実績を積んできた結果、社内で公募をかけると100人程度応募があり、社内からの見え方が変わりつつある。今後は、デジタルイノベーション部で経験を積んだ人を既存事業部に戻し、既存事業部を変え・成長させていく。
・また、社内のみで新規事業を行おうとすると社内プロセスで時間がかかる。金融関連だけでなく、あらゆる産業・業種に視野を広げ、新たなテクノロジーを活用し、新規事業生み出し、社外連携等でスピーディに行うため、2017年、CDIO管轄下にBlue Labという会社をマイナー出資で設立。社外に設立することで、アジャイル形式でトップダウンにスピーディな決定をできる。案件毎に既存出資者がファンディングする方式。一定程度スケールさせ、事業部として受け取れるくらいの規模にすることが大事。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【5】リーダーシップ
【7】支援体制
【8】活動
ISO56002では、イノベーション活動は非線形(non-liner)な活動と定義して、その活動を既存組織の中で行うには経営資源を提供するための様々な支援体制を確立していくことの重要性が強調されている。特にその中でも、資金や人材などのリソース投入の必要性は特記事項となっている。

行動指針6:経営状況に関わらず価値創造活動に一定の予算枠を確保し、責任者に決裁権限を付与する
【財源・執行権限】
価値創造の実現には、数多くの案件に対して適切なタイミングで資金投入を行う必要があるが、経営状況の変化と通常稟議がそれらの阻害要因となる。そのため、経営状況に関わらず資金投入を可能にする予算枠の確保と、案件状況を理解する責任者への決裁権限の付与が重要になる。

<企業が陥りやすい「あるある課題」>
・価値創造活動費はコストと捉えられ、経営状況が悪化するとコスト削減対象として活動費が削られ、活動が停滞、停止する。
・案件投資は稟議を通す必要があり、案件状況の社内説明用資料作成に多くの時間を要する。稟議に時間がかかり、投資タイミングが遅れ、活動スピードが落ちる。

<課題克服のための具体アクション>
・研究開発をはじめとした価値創造活動を中長期投資と位置づけ、既存事業とは別に社内外の財源から一定の予算枠を確保し、持続的な活動を可能にする。
・一定の金額と総額の中であれば、稟議なしで投資できる権限を責任者に付与し、各案件の進捗状況に応じて、適切なタイミングで資金投入できる体制を整備する。

<企業の挑戦事例>
【AGC株式会社】
既存事業の枠を超えた成長を加速するために「戦略投資枠」を設定

・戦略事業分野として3つの分野を特定し、経営陣のコミットの下、経営企画本部(資源配分・M&A)事業開拓部(インキュベーション)、技術本部(技術企画)が連携して主導。新事業のマネジメントは既存事業と大きく異なることから、既存事業の延長上ではない長期視点の投資予算を「戦略投資枠」として確保し、IR資料で明確に位置づけて公表。戦略投資枠はFY2016-2020で3,000億円。
・事業開拓部がインキュベーション機能を担い、黒字化の目途を立てて事業部門に移管。法務や経理、知財の人材も専任・兼務の形で事業開拓部に配置。新規事業メンバーにはきわめて高いレベルの自己管理能力を求めるとともに、どこのステージまで進めることができたかという点を主に評価。戦略事業のさらなる拡大に向け、素養のある若手に経験(小さな失敗)を積ませることに加え、中途採用の拡大、M&Aを通じた人材獲得も積極的に行っている。
・また、自前主義の限界、社会変化の加速により、開発スピードをあげる必要性を認識し、オープンイノベーション戦略を推進。2018年11月、協創プロジェクト「SILICA(シリカ)」を始動。AGCの技術を社外へ提示し、社内にないユニークな視点を持つクリエイターと協業。また、2020年には新研究開発施設を稼働し、社内外にオープンかつシームレスな開発体制を築き、新たなビジネス分野の一層の拡大を目指す。

<ISO56002における該当箇所と解説>
【5】リーダーシップ
【7】支援体制
【8】活動
ISO56002では、イノベーション活動は非線形(non-liner)な活動と定義して、その全ての活動の推進のためには適正な資金提供が必要であることが強調されている。特に、イノベーション活動のための専用の財務資源の配分の原則を定めることの必要性が明記されている。

(つづく)Y.H

(出典)
経済産業省 イノベーション100委員会
日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針~イノベーション・マネジメントシステムのガイダンス規格(ISO56002)を踏まえた手引書~
日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針