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2000年版対応 ISO 9000品質マニュアルの作り方(第8回)

平林良人「2000年版対応 ISO 9000品質マニュアルの作り方」アーカイブ 第8回

◆このシリーズでは平林良人の今までの著作(共著を含む)のアーカイブをお届けします。今回は「2000年版対応ISO9000品質マニュアルの作り方」です。

  • (5)プロセスの相互関係
  • ISO 9001:2000規格の「4.1 一般要求事項」には,(4)項で上述したように「b)これらのプロセスの順序及び相互関係を明確にする」という要求事項が出てくる。プロセスの相互関係とは何であろうか。どのようにしてプロセスの相互関係を明確にしたらよいのであろうか。
  • 相互関係のISO原文は“interaction”である。辞書によると,“相互影響,交流”という意味もあり,お互いに関係し合う,影響し合う,交流し合うことを意味する。通常の業務においては,川上のプロセスから川下のプロセスヘ関係することが多いが,川下のプロセスから川上のプロセスヘもフィードバックという形で関係する力が及ぼされる。
  • たとえば,設計・開発というプロセスからは,製造/施工というプロセスに「仕様を規定する」という要求がされる。川下のプロセスである製造/施工からは「工程能力を伝える」という応答が川上のプロセスである設計・開発に及ぼされるであろう。
  • このように,川上のプロセスが川下のプロセスに要求(仕様の規定)をすると,川下のプロセスは川上のプロセスに応答(工程能力伝達)をするという相互関係が存在する。プロセスの相互関係にはこのほかにもいくつかの種類があるので,以下に種類別に表現の仕方の例を示す。
  • (1)入力と出力の関係
  • プロセスの定義(ISO 9000:2000規格3.4.1項)の参考1にあるように「プロセスのインプットは,通常,他のプロセスのアウトプットである」から,いろいろなプロセス間には,入力と出力の相互関係が存在する(図2.2)。
  • 図2.2 プロセス間の入力と出力の相互関係
  • プロセス間の入力と出力の相互関係を明確にすることによって,組織の機能,人材配置,マテリアルフロー,情報の流れ,因果関係など,いろいろなものがみえてくるであろう。総合的な相互関係が理解できればよい,と考える組織にはこの種の相互関係の記述がよいであろう.プロセス同士の位置関係がみえて,QMSの全体像を理解するのに役立つ。
  • この記述の仕方には,次のようにいくつかのやり方が考えられる。
    • ① プロセスフローチャート
    • 入力と出力を矢印によってプロセスフローチャートに表現する。その例を図2.3「プロセスの順序及び相互関係」に示す。また,第4章の「サービス業の品質マニュアル」の付図-1にも同様のフローチャートの例が掲げられている。
    • ② 品質保証体系図
    • 日本の企業の多くは,品質保証体系図を活用してきているが,この品質保証体系図に入力と出力を矢印によって表す例である。ただし,従来の品質保証体系図の多くは,ISO 9001:2000規格の「7.製品実現」に要求されているプロセスを中心に書かれているものが多いので,「5.経営者の責任」,「6.資源の運用管理」,「8.測定,分析及び改善」のプロセスを追加する必要がある。第4章の「一般製造業の品質マニュアル」の付図-1にその例をみることができる。
    • ③ マトリックス表
    • 組織の定めたプロセスをマトリックス表にし,プロセス間の相互関係を表したものである。図2.4「プロセスの相互関係を記述した例(入力と出力)」にその例を示す。
    • この例のようなマトリックス表を作成する時には,次のような点に注意が必要である。
    • ・プロセス同士の入力と出力をよく分析して,相互関係を絞って表す。そうでないと,すべてのプロセス同士は何らかの関係をお互いにもっているので,すべての交差欄に○印が付くことになってしまう。
    • ・プロセス間におけるフィードバックは考えない。そうでないと,入力と出力が交錯してしまい,あまり意味のない表になってしまう。
    • ④ 文章で記述
    • 品質マニュアルの該当する箇所に文章で記述する。1つのプロセスにいくつものプロセスからの入力があるような場合は,厳選しないと品質マニュアルが膨大になってしまう恐れがある。ISO 9001:2000規格の「5.6.2マネジメントレビューへのインプット」,「5.6.3マネジメントレビューからのアウトプット」及び「8.5.1継続的改善」などにその例をみることができる。
  • (2)原因と結果の関係(因果関係)
  • 多くのプロセスの間には因果関係がある。たとえば,設計がミスをすると,製造/施工が不良品を作る,というような原因と結果の相互関係である。前記「(1)入力と出力の関係」のある特定の箇所に設計の例のような「原因と結果の関係」があるので,(1)で例示した表現方法を活用して,さらに原因と結果の関係だけに絞り込めばよい。この場合も強い関係,いわば1次原因に限定しないと,いもづる式に多くのプロセスに相互関係が生まれてしまう。
  • ISO 9001:2000規格が,なぜ「プロセスの相互関係を明確にする」ことを要求しているのかを考える時,この強い関係に絞り込むという活動が組織には必要であろう。
  • 記述の仕方には,(1)と同様に,①~④まであり得るが,わかりやすさという点からは③のマトリックス表が勧められる。図2.4のマトリックス表の入力/出力の欄を原因/結果に表示を変えて,プロセス間の交差欄に○印をつければよい。
  • 図2.5(pp.40~41)に「プロセスの相互関係を記述した例(原因と結果)」を示す。
  • 図2.3 プロセスの順序及び相互関係
  • 図2.4 プロセスの相互関係を記述した例(入力と出力)
  • 図2.5 プロセスの相互関係を記述した例(原因と結果)
  • 図2.6 プロセスの相互作用を記述した例(要求と応答)
  • (3)要求と応答の関係
  • この関係は,p.34に述べた例の通りである。第4章の「建設業の品質マニュアル」の付表1は,この関係を詳細に表現している。図2.6にその抜粋を示す。
  • 要求と応答の関係を表すには,プロセス名だけでは表現しきれず,横軸にはプロセスの中にある主要な要素を抽出している。
  • (4)指示と報告の関係
  • プロセスとプロセスの関係によっては,あるプロセスから指示が出て,あるプロセスがそれに応えるという関係もある。上記(3)の関係と似てはいるが,要求と応答の関係よりもなお直接的な関係である。
  • そのほかにも,(5)物流と商流の関係や,(6)業務分担の関係など,いくつかの例が考えられる。
  • いずれにしても,このプロセスの相互関係を明確にして(「4.1一般要求事項」b)項),記述する(「4.2.2品質マニュアル」c)項)目的は何かを熟慮して,組織の規模,複雑性,業種などに合った表現をすることが最も大切なことである。いたずらに複雑なチャートや表を作成しても,QMSが効果的に運用できることにはならない。
  • (6)法令・規制要求事項
  • 法令・規制要求事項に関する要求事項は,次の条項にある。
    • ISO 9001:2000規格「5.1経営者のコミットメント」の a)
    • ISO 9001:2000規格「7.2.1製品に関する要求事項の明確化」の c)
    • ISO 9001:2000規格「7.3.2設計・開発へのインプット」の b)
  • 上記5.1項 a),7.2.1項 c),7.3.2項 b)などの法令・規制要求事項が要求していることは,法令・規制などの名称を記述することではない。法令・規制などの中にある要求事項に対して行うべき行動である。
  • さらにいえば,要求事項についてである。「要求事項について」に下線で強調したのは,規格は「要求事項を満たすこと」を要求しているわけではないからである。規格の条項文を検証してみよう。
    • ① 5.1項 a)「法令・規制要求事項を満たすことは当然のこととして,顧客要求事項を満たすことの重要性を組織内に周知する」
      つまり,求めているのは「……周知する」である。
    • ② 7.2.1項 c)「(組織は,次の事項を明確にすること)製品に関連する法令・規制要求事項」
      ここでも,求めているのは「……明確にすること」である。
    • ③ 7.3.2項 b)「(インプットには次の事項を含めること)適用される法令・規制要求事項」
      ここでも,求めているのは「……含めること」である。
  • 以上のように,規格が要求しているのはあくまでも「要求事項について」であり,「要求事項を満たすこと」ではない。もちろん,規格の要求の目的は,組織が法令・規制要求事項を守るところにあるのは間違いない。
  • それでは,組織は7.2.1項 c)あるいは7.3.2項 b)において,どのような範囲で法令・規制要求事項を明確にし,含めたらよいのだろうか。組織の製品に適用される法令・規制要求事項は,たくさんあるに違いない。しかも,法令・規制要求事項は,製品ごとに異なるので,組織の製品に専門外の者では法令・規制要求事項を明確にすることはできない。組織は,自身の事業推進上遵守する必要のある要求事項を明確にして,それを守ることが基本である。法を守るという社会的基本条件については,どのような組織でも日常の事業推進の中で実施しているはずである。ISO 9001:2000規格に基づくQMSを構築するこの機会に,もう一度この社会的基本条件を再確認することが求められている。
  • 法令・規制要求事項を明確にする範囲は,結論からいえば組織に委ねられているということになる。本質的な法令・規制要求事項が明確になっていなければ問題となるが,組織が法の中の詳細要求事項をどこまで明確にすべきかは,組織の置かれている状況,今までの歴史,背景,考え方によって違ってくるからである。
  • (7)要求事項のオーバーラップ
  • ISO 9001:2000規格の要求事項とは,規格の中でshallで表されている136項目と解釈してよいが,一つひとつの要求事項はすべてが独立していない。いくつかの要求事項はお互いにオーバーラップし,相互作用している。
  • たとえば,「4.1 一般要求事項」にあるc),d),e),f)のshall項目をそのまま品質マニュアルに記述してもあまり意味がない。後ろの各条項に具体的な要求事項が出てくるからである。もちろん,「4.1 一般要求事項」を記述してはいけないといっているのではない。a),b)の要求事項はここにしかないので,「4.1 一般要求事項」に記述せざるを得ない。ただ一律的に136のshall項目が記述されていればよく,いなければだめだという形でQMS構築が推進されていくことに対しては注意が必要である。
  • 審査登録機関,被審査組織ともに同意して136項目すべての要求事項を文書に記述することが望ましいとなれば,それはそれで1つの見解であろう。しかしこの場合,組織が136のshall項目さえ記述しておけばQMSの審査登録は順調に推移していくと考えると弊害が生じる。規格の4.2項が文書への記述を要求している目的は,あくまでも組織がQMSを構築し,維持していくことを明確にすることにあるのであり,文書化することにあるのではない。文書化以外に“どのようにQMSを構築し,維持していくかを明確にする”手段があればそれを活用してもよいが,一般的には文書化が最も適切な手段であろう。